いいかげん日記

思いついたことをただひたすら書き殴るいいかげんな日記です。

本の林:「なめらかな社会とその敵」鈴木 健、ちくま学芸文庫

本の林:はじめに

 

【連想する本】

■「サピエンス全史 上・下」 ユヴァル・ノア・ハラリ、河出書房新社

■「オートメーション・バカ」 ニコラス・G・カー、青土社

■「CODE VERSION 2.0」 ローレンス・レッシグ、翔泳社

■「日本社会のしくみ」 小熊英二、講談社現代新書

■「一般システム理論」 L.フォン・ベルタランフィ、みすず書房

■「1984」 ジョージ・オーウェルKADOKAWA

■「断片的なものの社会学」 岸政彦、朝日出版

 

この本はsmartnews代表取締役社長の鈴木健氏が執筆した学術的な色が濃いですが、既存の社会基盤を根底から考え直すようなかなりチャレンジングな内容の書き物です。

2013年に出版された本の文庫版で、文庫版向けの加筆が40ページほど追加されています。

 

「この複雑な世界を複雑なまま生きることは、いかにして可能か」

 

この本はそのような問いからスタートします。

 

この問いに対する提案を示す前に、著者が考える「複雑なまま生きる」とはどういうことかを明らかするために、現代人が複雑な世界をいかに単純化して生きているかを示します。

 

また、なぜ複雑な世界を単純化するのか、その背景や合理性を認めたうえで、「現代の高度な情報処理技術を前提として社会を新たに立ち上げるとしたらどのような仕組みが考えられるか?」という思考実験を生命科学社会学、経済学、心理学、情報科学などの過去の知見を参照しながら展開しています。

 

この本の面白いところは、著者が提案する「なめらかな社会」を支える諸制度(伝播投資貨幣 PICSY、分人民主主義 Divicracy、構成的社会契約論)が技術的・数学的にも成立する(成立しそうな)ことを数式を用いて証明しているところです。(構成的社会契約論の説明では数式は出てきませんが)

 

「民主主義」などの大きな社会制度を論じる一般書であまり見かけないのではないでしょうか?

 

経済学の専門書やその他の専門的な学術書ならよくあることなのかもしれませんが、門外漢な私にはとても新鮮に映りました。

 

 

あと、この本のとっかかりとして、生化学反応の連鎖とそこから自律的に立ち上がる細胞の描写から始まるところが独特で面白いです。

 

細胞の描写に社会的な概念(所有、敵と味方)を重ねて、社会的な諸制度の骨格・構造は細胞レベルから順番に入れ子構造になっていることを示しています。

 

その構造を説明するキーワードが膜、核、網という3つ。

私にとっては頭に入ってきづらい独特な言い回しだったので馴れるのに少しページを要しました。

 

 

 

個人的な感想としては、「面白いがこれじゃないかも」ですかね。

本書の9章でパラレルワールドを生きるという世界観が表明されます。

現代においても、個々人の「現実」に対する認識に大きな差が生じており、国民国家という体が崩れつつあるし、その傾向は今後も続くという趣旨の記述があります。

 

これが行き着く先は、同じ国、同じ言語であってもお互いに会話が成り立たない集団が乱立する(=パラレルワールドが形成される)状態でしょう。

 

本書ではこの状態を肯定し、異なるパラレルワールドに生きる人たちの間でコミュニケーションを成立させるためにはコミュニケーションが成り立っているように偽装する技術が必要といいます。

 

ここは本書の中で共感できないポイントの一つです。

 

パラレルワールドを肯定するのは特に問題にしませんが、人の認知を偽装する技術を社会に組み込むことは問題な気がします。

パラレルワールド化=再部族化だと思いますので、パラレルワールド間には境界・隔たりが当然できてしまい、その内と外(=敵と味方)が分かれてしまう。

それでは「なめらかな社会」を実現できないので会話を偽装して「お互いを知った気」にすることで境界を曖昧にしようということなのでしょう。

 

そこまでして「なめらかな社会」を実現するために社会をデザインするのはジョージ・オーウェルの「1984」的というか、ビッグブラザー的というか、気持ち悪い感じがします。

 

自分の知らないこと・理解できないことをはっきりと自覚できる、自覚することを良しとする態度が近現代の発展を支えているのだから、上記の対応は共感できないですね。

 

ただ、すべての主張にネガティブというわけではありません。

PICSYのコンセプトはいいなと思いました。

いまの経済の仕組みとして、自然から有用なものと切り出す最初の生産者は、最終製品を作る生産者や投資家と比べてどうしても待遇が悪くなってしまうので、PICSYみたいに各工程で発生する利益がバリューチェーンを遡上するように伝播する仕組みがうまく社会に適合できるともっと公平な社会になるような気がします。

 

 

・・・全く別の話ですが、この本を読んでようやく宮台真司氏の言う「敵味方図式」という言葉の背景がわかりました。歴史的な名著というものはそれ自身を読まなくても論旨が浮かび上がってくるからすごいですよね。

 

 

 

上記のように、必ずしも私が好む文体や主張ではなかったものの、斬新なアイデアと大きなスケールの話が展開されるとても読み応えのある本で一気に読めてしまいました。

 

「なめらかな社会」をテーマにした小熊英二氏、宮台真司氏との鼎談や対談があればぜひ聞いてみたいですね。