いいかげん日記

思いついたことをただひたすら書き殴るいいかげんな日記です。

想像広げて書いてみた

更新です。

 

今回の話題はこれ↓

「労働力が貴重でなくなる日」

 

まずはこちらの記事から妄想を始めます。

jp.wsj.com

ありゃ?この記事、スマホのスマートニュースからは全文が読めるのに、PCでは読めない。。

 

まぁ、いいか。

 

いよいよ本格的に動き出しそうですね。

労働市場に強力なライバル出現です。(一部ではもう始まっているでしょうが。)

このライバルは、一度市場に参入すると、少しの電気代を要求するだけで、無休で、無給で、文句も言わずに24時間365日をハードウェアが持ちこたえる限り永久に戦い続ける社畜の鏡なのであって、かつ、必要に応じて瞬時に増殖可能なんですから、もはや我々に勝ち目はありません。勝ち目ゼロです。

 

で、私、思ったのですが、これは意外と早い段階から「AI」とか「オートメーションシステム」が「公共財」(またはそれに限りなく近い存在)になりそうな気がする。

 

最初の開発コストは重たいかもしれませんが、こういうシステムは一度出来上がってしまえば、エンドユーザが被るその先の維持コストは(運用の仕方に大いに依存するでしょうが)そこまで重たくならないはず。

 

だとしたら、wikipedia的なAIが出てきてもおかしくない。(そういう動きはもうあるだろうなぁ)

 

ちょっとしたことならwikipediaで調べるし、大事なことは別の情報源を使うってことと同じように、AIもきっとそんな形になるんじゃないかな。

 

インターネットの文化(と言うものを私がどれだけ理解しているかは疑問だが)の延長線上にAIがあるのであれば、きっとそういう流れになるはず。

 

 

そうなってくると、ベーシックインカム的な話は、「国の制度」として実現されなくても、遅かれ早かれAIの辺りから貨幣を介さずにそれに近い状況が実現するような気もする。

 

「金がないなら「フリーAI」を使えばいいし、もし金があるなら有料版のAIを使えばもっと楽しめるよ。でも、最近のフリーAIもなかなか品質がいいから侮れないよね。」的な話が私が生きているうちにあるかもしれない。

 

そして、今の「インテリ層」の仕事が、日本の農家的な位置づけになったりして。

 

もしこんな状況が生まれたら、次は「知識の継承」が問題になってくるかなぁ。

 

たった数世代後には、「仕組みは誰も知らないけれど、とりあえず上手く回っているから良いんじゃない?」的な状態になるでしょ、きっと。

 

AIに浸りきって人類が知識の獲得に対する努力を止めてしまった状況で、システムがダウンしたら、人類の歴史はいったい何百年後退することになるのやら。

 

新生児の1年後生存率が60%とかになったりして。

 

 

ただ、これは「いま全世界で電気が使えなくなったら」という話くらいリアリティのないことかもしれないけれども。*1

 

でも、AIが本当に人類の生存基盤になる頃には、識字率が低下しそうだし(だって、情報通信インフラが強化されたら喋るだけで大抵のことが事足りるだろうから文字を書く意味がなくなるもん。実際、大昔の一般人は文字なんて読み書き出来なくても生きていけたんだし。)、識字率が低下し始めたら真の意味で「人類が知識から隔離される」から、もしそうなったら、いよいよ後戻りできない領域に突入するはず。

 

AIインフラが長期的に止まってしまったときに、もし家にインターネットに繋がったキーボード付きのPCが奇跡的にあったとしても、テキストベースのインターネット空間(がもし残っていれば、だけど。)で検索することすらできなくなるわけだし。

 

私が生きているうちはまだ大丈夫だと思うけど、そのうち「児童の間で識字率の低下が深刻」みたいなびっくりニュースがあるかもね。

 

そう考えると、「知識の民主化」という意味では、今が一番幸せな時期なのかも。

 

 

お、このネタでSF小説でも書いてみるか?笑

*1:仮に、いま全世界で電気の供給システムが停止したら、人類の歴史はどのくらい後退するのかな?