いいかげん日記

思いついたことをただひたすら書き殴るいいかげんな日記です。

今日の考え書いてみた

更新です。

今回の話題はこれ↓
「より早く回復するために」

はい。
もう再三書いてるテーマを暗に絡めて書いています。

パリの事件とそれに続く事態を知り、歴史的な何かのトリガーが引かれたような印象を受けますね。。

平和が、急速に萎んでいっているような、そんな印象を受ける今日この頃なので、そろそろ今の社会の歴史的な生い立ちとその位置付けについて総括して、万に一つの事態が起きたときの備えをした方が良いのではないかなぁ、と密かに思っています。。

特に「いま回っている社会の仕組みが破壊されたとき、どのようにして立ち直るか」あるいは、「その方法として、どのような選択肢があり得るか」ということを検討した方がよさそうに思います。

もっと言うと、「見知らぬ他者に対してですら存在する信頼の度合いが、今の水準から大幅に引き下げられたとき、どのようにすればより早く今の水準まで回復できるか」というもっと根本的なことも、検討した方がよさそうに思っています。


このようなことに関する先人たちの知恵と工夫のストックはどこにあり、それをよく知る人は誰なのか。また、それらのストックを継承・発展させる人の育成ルートは確保されているのか。これらも整理しておいた方が良いように思います。

こういうことは、たとえ恐れていた事態にならなくても、無駄にはならないでしょう。

でも、備えていないと、本当に最悪の場合、ゼロから社会を作らないといけなくなるので、そうなると、人類の文明が2000年以上逆戻りしてしまいかねないように思うのです。。(これは大袈裟かもしれませんが 笑)



この世界は無常であって、エントロピーは増大します。
ですが、今日の自分の体は、明日もきっと同じような形を残しています。

たとえ無常な世界にあっても、壊してはまた作り、壊してはまた作ることで、同じ「ような」形を長く保つことはできるのです。

システムは開放系の方が長持ちなのです。

世界の「無常」にどこまで抗えるか、それは壊れることを受け入れて、再構築する力をどこまで蓄えているかで決まるように思うのです。

柔よく剛を制す

肝心なのは粘り腰だと思うのです。




※しまった、最初のタイトルのつけ方間違えた。。何か他のことを期待された方は申し訳ない。(まぁ、もう遅いでしょうが)

悪目立ちはしたくなかったのに。。。